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日本酒 — ラベルの読み方、 そしてラベルに書かれた *大吟醸* が実際に意味するもの
日本酒のラベルの数字が小さいほど、より多くの米を捨てて造ったということ。それがプレミアムのサイン。
東京の居酒屋、低い木のカウンターに座っている。日本酒のリストが滑ってきて、右端に %の列が並んでいる — 70%、60%、50%、35%、23%。直感で「70 のほうが磨いてあってプレミアムっぽい」と思って指さしかける。隣の友人 — 日本に長く住んでいる — が静かに 23 のほうを注文する。同じ飲み物。数字は小さい。値段は 3 倍。
ここで気付く。50 は「50% 磨かれている」という意味ではない。米粒一つひとつを 50% 削ぎ落として捨て、残った内側半分だけを使って造った、という意味だ。23 なら 77% を削った。ラベルの数字は「残った米」のほうで、「ボトルに入った精米済みの米」のことではない。数字が小さいほど、より多くの米を破壊して中身を造ったという話になる。この数字を 精米歩合 と呼ぶ。西洋のプレミアム表示と逆方向に読むこの仕組みを、誰もまず説明しない。 この 1 つの数字の読み方が分かるだけで、 メニューに並んだ他の日本酒、 そして「日本酒」 というカテゴリー全体の見え方が変わってくる。
友人が小さな猪口に 23 を注いでくれて、「何も言わずに先に飲んでみて」と言う。
口に含むと、鼻に花のような香りがふっと立つ。ほぼワインのような印象で、米らしい重さは思ったほどない。これが精米の仕事の正体だ。23% まで磨かれると、濁った重みを生むタンパク質と脂質はほとんど削ぎ落とされ、残るのは米粒の純粋なデンプン芯 — 心白 だけになる。そこに到達するため、蔵は 168 時間連続 — 7 日間 24 時間ノンストップ で米を磨き続ける。業界平均の大吟醸は 30〜36 時間ほどなので、目の前にある 獺祭 23 は、この形式の最も外側まで押し切った一本ということになる。
ラベル区分の線は、意外と最近に引かれた。1989 年の国税庁告示第 8 号 が、どの精米歩合ならどの名前を名乗れるかを決めた — 70% 以下で本醸造、60% 以下で吟醸、50% 以下で大吟醸。それまでは蔵が好きに使っていた。「吟醸」という言葉自体は思っているより新しく、初出は 1894 年、新潟の酒造家・岸五郎の『酒造のともしび』。その前身として、江戸後期から酒樽の焼印に「吟造」「吟製」(= 丁寧に・謹んで造った酒) が使われていた。吟醸の 吟 は、吟味 (= 厳選してじっくり見極める) の 吟。醸 は醸す。文字どおりに読めば「厳選しながら醸す」 — 米、水、酵母、低温長期発酵の一段一段を丁寧に組み立てる方法を指している。英語の premium という訳語は、この厳選感をほぼ捉えているといっていい。
ラベルにあるもう一つの単語、純米。「米と水と麹と酵母だけ、醸造アルコールは加えない」という意味で、西洋の飲み手は「純粋なほうがプレミアム」と感じやすい。だが純米と大吟醸は別軸の判断だ。純米か否かは「醸造アルコールを入れて吟醸香を引き出すかどうか」というスタイル選択であり、大吟醸・吟醸・本醸造は「どこまで米を磨いたか」のグレード。蔵のフラッグシップ大吟醸が、香り表現のために敢えて非純米であることもよくある。一本のラベルを「単線のはしご」ではなく、二つの独立した軸の交点として読めるようになると、目の前のリスト全体が急に読める。
ラベルにある米の名前にもう一度目を戻す。多くの場合 山田錦 と書いてある。山田錦は 1923 年に兵庫県立農事試験場 で交配が記録され、1936 年に品種登録された。心白が綺麗に出る性質で、酒造好適米の代表として今も不動。兵庫が国産の約 6 割を栽培していて、その中の特定の村 — 粘土質土壌の 東条 地区 — が産地として別格扱いされる。ブルゴーニュのグランクリュの村名がラベルに書かれるように、東条の名前を表ラベルに刷る蔵もある。ボトルは、行をたどっていくと最終的に田んぼまで到達する。
具体的にどう接するか、3 つ。
日本の居酒屋でなら、飲み比べを頼む。多くの居酒屋 には 飲み比べ トリオがある。純米、吟醸、大吟醸を小さい盃で 3 種、3,000 円前後で並んで出てくる。順に飲んでいくと、精米の差が舌で分かる — 純米は素朴で米そのもの、吟醸はひとつ軽くなり、大吟醸は花のように明るい。スペックを覚えなくていい。口が覚える。
冬の蔵で。多くの地酒蔵は 新酒 の季節、1〜3 月頃に見学を受け入れている。山口の旭酒造は獺祭の精米室を歩かせてくれるし、兵庫の灘・伊丹近辺の蔵では同じ朝に山田錦の田んぼと精米室の両方を見学できる。精米室は言葉が要らない。米が小さくなっていくのを見れば、値札の意味は説明されなくても理解できる。
海外でラベルを読む時。純米大吟醸 + 山田錦 + 精米歩合 50 以下 + 名前を検索できる蔵 (獺祭、十四代、久保田、八海山、大七、Born など) が並んだら、それは「分かっている人が買うやつ」のサイン。東条 の二文字があればなお良し。
ラベルの数字は、思っていたのと逆向きに読む — 50 は「半分捨てた」、23 は「4 分の 3 以上捨てた」。支払っているのはボトルに入った米と同じくらい、ボトルに入らなかった米のほう。飲み比べを 3 杯横に並べて飲んだ瞬間、この逆転の感覚はもう奇妙ではなくなり、酒造りの構造そのものが見えてくる。
最終確認: 2026-05-17
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