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日本人が春先にマスクをしている理由 — それはコロナではなく、1954 年の林業政策の話
日本の春先のマスクはパンデミックの名残りではない。1954 年に国土を一斉に植え替えた結果、30〜40 年遅れで生まれた 国民の 4 割を巻き込むアレルギー。
4 月初旬の京都にいる。桜は咲き、寺の参道には観光客があふれ、円山公園に観光バスが着いてスマホを構える人々がこぼれ出てくる。半分はアメリカ人かヨーロッパ人で、全員ノーマスク、強い日差しに合わせてノースリーブの人もいる。その合間を縫って歩いているのが、日本人の観光客、地元の人、修学旅行の子どもたち。3 人に 1 人、もしかするとそれ以上が、桜の下でサージカルマスクをつけている。観光客は気付く。表情から疑問が立ち上がるのが見える — え、コロナ戻ってきた?
違う。桜の下のマスクはパンデミックの名残りではない。これは戦後の林業政策が誰も予測できなかった形で生み出した国民病で、しかも花粉を撒いている木は、国を再建するために植えた当のその木だ。
正式名称は スギ花粉症。2019 年の全国疫学調査で 成人有病率 38.8%、1998 年は 16.2%、2008 年は 26.5% だったから、加速的に増えている。関連するヒノキ・イネ科・ブタクサ系を合わせると、日本人のおよそ 42.5% が何らかの花粉症を抱えている。目の前にいるマスクの人々はその最も可視化された対処手段で、同じ人が大抵バッグの中に目薬、抗ヒスタミン薬、保湿ティッシュも持ち歩いている。それらすべてを 2 月下旬から 5 月にかけて、コンビニ の春季棚で買える。
花粉を撒いている木 — Cryptomeria japonica (スギ、英語では "Japanese cedar" と訳されるが実際は cedar 属ではない) と Chamaecyparis obtusa (ヒノキ) — がこんなにも国土に多いのは、戦後の 拡大造林 という政策のせいだ。太平洋戦争で日本の山は燃料用に丸裸にされ、戦後の復興がまた山を削った。1940 年代後半から政府は産業規模で植え直しを始め、選んだ樹種が二つ — スギとヒノキ。理由は単純で、両方とも真っ直ぐ早く育ち、建築材としての品質も高いから。1954 年単年だけで 394,522 ヘクタールの山が植え替えられている。年間 30 万 ha 超のペースが 1971 年まで続いた。本土の山々は、数十年単位で考える政策の忍耐強さで、二樹種モノカルチャーの状態に作り替えられた。今日、植林地は約 1,000 万 ha、全森林面積の 44%。
スギは 25〜30 年で本格的に花粉を出すようになる。時計は 1950 年代に動き出し、請求書は 1980 年代に来た。有病率が 10% を超えたのが 1990 年代、現在は約 4 割。
外国人がよく見落とすのは、ここに来てすぐ花粉症になるわけではないということだ。スギ花粉症は遺伝ではなく、暴露ベース。日本に来たばかりの人は最初の春にはあまり反応しない。年を重ねるごとに身体が感作され、およそ 10 年住んだ長期滞在の外国人は、日本人とほぼ同じ有病率になる。桜の下のマスクの集団は、観光客から見ると「無関係の集団が不可解なことをしている」ように見えるが、観光客の身体は統計的に「感作カーブの 1 日目」 にいて、地元の人はその同じカーブの 20 年目にいる。
理由を知ると、春のインフラが急に視界に入ってくる。夜のニュースの天気予報は最後に 花粉飛散予報 を流し、翌日の量を「少ない」から「非常に多い」までの 5 段階アイコンで示す。観測網は今は民間気象事業者 (ウェザーニュース、tenki.jp) と各地方自治体が担っている — 環境省は 2000 年代半ばから独自の「はなこさん」観測網を運営していたが、民間網の方が観測点数で上回ったため 2021 年に廃止した。100 円ショップは花粉対策マスク、目を洗う容器、点鼻薬・点眼薬の専用棚を立ち上げる。JR の駅では製薬会社のキャンペーンが目線の高さに張られる。ヒノキ の波はスギのピークから 3 週間ほど遅れて来るので、シーズン全体はおおむね 2 月中旬から 5 月まで続き、その間ずっとマスクは外れない。
来年の春に日本にいる時、3 つ気付けることがある。
どの街の公園でも、参道沿いに立つ真っ直ぐで非常に高い常緑樹を見上げてみる。一種類だけのように見えて、高さも揃っているなら、それはスギかヒノキで、1947〜1972 年頃に植えられた個体だ。今ちょうど 55〜80 歳の働き盛りで、花粉を最も出す時期にある。2 月中旬から 4 月にかけて上着に落ちてくる黄色い粉は、あなたが生まれる前に開かれた林政審議会の可視化された産物そのもの。
3 月下旬に 7-Eleven、Lawson、FamilyMart のいずれかに入って、季節のエンドキャップで立ち止まる。そこに並ぶマスクは、パンデミックの記憶の中の青いサージカルとは違う。プリーツ加工、香り付き、曇り止め、箱の表に赤字で「花粉」と書いてある専用品。横には小さなボトルの洗眼カップ、内服の抗ヒスタミン、保湿層入りのティッシュパック。一揃いのキットになっている。コンビニ各社の春の最大季節カテゴリの一つでもある。
2〜5 月の夕方 18:50 頃、主要局のニュースを見る。花粉飛散予報は固定枠で、5 段階アイコンと地域別の翌日カウントが流れ、そのあと普通の天気に戻る。空中の樹木胞子に毎日全国ネットの放送枠が割かれている国は、世界でもそう多くない。
桜の下のマスクは、2020 年の名残りではない。1954 年の林業の判断が、植えた木々と一緒に成長してきた結果で、もしこの先国土を 3 度目に植え替えない限り、来年の 4 月もその次の 4 月も、マスクは桜の下にあり続ける。
最終確認: 2026-05-17
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